kaerusan backyard
浅草十二階計画
かえる目
Jul 25, 2009
11:56pm
予兆による充足
さまざまな現象や行為に、未来の予兆を見ることじたいは、人に備わった能力であり、それはしばしば当たる。これに慣れてくると、特定の現象や行為を見ただけで未来が判り、しかも未来を確認しなくとも気に留めなくなる。午前5時過ぎにバタンと玄関で音がするのは新聞が来た音であり、わざわざ起きなくてもよいように。雨上がりの空気が変わると夏が来たのであり、夏を疑う必要もないように。誰も夏自身を見たことはないが、洋の東西を問わず季節が「来た」と言う。季節は予兆だけでできており、予兆によって来たことが充足される。夏は妖精の親玉のようなもので、一本道に立つかげろうも新しい雲も夏のしわざであって、それを疑う人はいない。夏のようにカミサマを信じる人がいて、妖精を信じる人がいる。ぼくは夏しか信じないけど、カミサマや妖精を信じる人がどんな気持ちかは、少し判る気がする。
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