kaerusan backyard
浅草十二階計画
かえる目
Jul 29, 2009
6:01pm
間違いの分析から中間分析へ
第二言語習得場面で以下のような問題が指摘されている。
「誤用を見ていれば学習者がどこを間違えるかは見えてきますが、それだけ見ていたのでは、学習者言語の全体像はわかりません。学習者は使いにくい表現を「回避」することができるからです。たとえば、ある学習者が本当に冠詞の使い方がわかっているかどうかは学習者の誤りだけ見てもわかりません。一例として、ある学習者が a book と言おうか the book と言おうか自信がない場合、それが自分の本なら、 my book と言っておけば、いちおう間違いは回避できるからです。」(白井恭弘「外国語学習の科学」岩波新書)
このことをシャクターが指摘してから、70年代になって、第二言語習得研究は誤用分析から中間言語分析(学習者の使う言語の全体像を見る分析)へ向かうことになったという。
同じことは、会話分析やジェスチャー分析にも考えられるだろう。言い間違いや言い淀み、ジェスチャーの停滞ややり直しじたいは、興味深い問題を提供してくれる。しかし、これらの現象だけから、会話やジェスチャーの特徴がすべて抽出できるわけではない。行為者は、使いにくい表現を「回避」して、いっけんすると間違っていないかのような表現を行うことがある。この「回避」現象までを視野に入れた「中間分析」的な視点が必要かもしれない。
こうした中間分析的アプローチとして、「データコレクション」を位置づけることができるだろう。特定のシークエンスがどのようなバリエーションをとりうるかをできるだけ集めてみること。それらを、言い間違いややり直しとともに総合判断すること。
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